高松高等裁判所 平成3年(ネ)20号 判決 1991年6月10日
控訴人(原告) 岩崎壽昭
右訴訟代理人弁護士 中村詩朗
藤本邦人
被控訴人(被告) 安井商店こと、安井一郎こと 安商圭
右訴訟代理人弁護士 古市修平
主文
一、原判決を取り消す。
二、被控訴人は、控訴人に対し、金一二〇〇万円及びこれに対する平成元年一〇月一一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四、本判決は、主文第二項に限り仮に執行することができる。
事実
一、控訴代理人は、主文第一ないし第三項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二、当事者双方の主張及び証拠の関係は、原判決事実摘示(ただし、原判決書二丁表末行「抗弁のうち、」から、同丁裏初行「否認する」までを「抗弁のうち、1ないし4の事実は知らない、5、6の事実は認める、7の事実は否認する。」に改め、三丁表七行目「原告は」の下に「支払拒絶証書作成期間経過後、東山から直接本件手形を譲り受けたうえ、」を加える。)のとおりであるから、これを引用する。
理由
一、請求原因一ないし三の各事実は当事者間に争いがない。
二、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、
1. 安順石は、金融業を営んでいた昭和六一年一一月末ころ、東山隆紀から一二〇〇万円を、弁済期は同年一二月二九日、利息は日歩七銭の約定で借り受け、その担保として実父である被控訴人振出(振出名義は「安井商店代表安井一郎」)にかかる本件手形に裏書(名義は「安井義行」)をして東山に交付した。
2. 順石は、同年一二月三〇日、同人の事務所に取立てに来た東山に対し右借受金を返済することができなかったところから、とりあえず利息を支払って弁済を昭和六二年一月三一日まで猶予してもらい、新たに金額一二〇〇万円、満期昭和六二年一月三一日、振出人被控訴人、第一裏書人順石の約束手形一通を担保として交付したが、その際、本来ならば本件手形の返還を受けるべき約定であるところ、東山が持参して来なかったので後日返還するということになり、そのまま時日を経過した。
3. 順石は、右約定にかかわらず債務の返済を怠ったので、東山は債務の返済表(乙第一〇号証)を作成しその計画どおり履行を求めたがこれも履行しなかった。そこで東山は、平成元年四月ころ、順石に対する右貸金債権を大西光二に譲渡した。
4. そこで、順石は、弁護士古市修平に依頼して右大西と交渉した結果、同年七月一日、順石が八五〇万円を支払い、大西は残債権を放棄するとの和解が成立し、同日四〇〇万円、同年八月四日三〇〇万円、及び、同年八月一七日一五〇万円を支払い完済した。
5. 控訴人は、同年九月一九日に至り初めて順石に対し本件手形金の請求をした。
以上の事実が認められる。右認定に反し、昭和六一年一二月三〇日に本件手形を順石の妻に返還したとの前掲証人東山隆紀の証言部分は、前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三、被控訴人は、右認定事実を前提として、(1)被控訴人は、東山に対し本件手形金を支払う義務がないとの抗弁を有する、(2)東山は、本件手形を支払拒絶証書作成期間経過後に控訴人に譲渡した、(3)よって被控訴人は東山に対する右抗弁をもって控訴人に対抗することができる、と主張する。
そこで右(1)、(2)について順次検討を加える。
1. 被控訴人の東山に対する抗弁事由(右(1))について
前掲被控訴人の「東山に対し本件手形金の支払義務はないとの抗弁」とは、順石が東山から債権譲渡を受けた大西との間で、八五〇万円を支払い残余を放棄するとの和解が成立したことによって原因債権が消滅したことをいうものと理解されなくもない。しかし、東山から債権譲渡を受けた大西との和解によって原因関係が消滅する手形は、昭和六一年一二月三〇日に新たに東山に担保として交付された新手形(乙第八号証の一、二)であって本件手形ではないはずである。本件手形は、約定により右新手形の差入れによって担保手形としての機能は失われ、順石に返還されるべきものとなったからである。東山の大西に対する債権譲渡においても新手形が担保として大西に交付されたものと推認することができ、右以外に本件手形も同時に大西に交付されたとは経験則上考えられない。したがって、本件手形は、前記新手形が東山に交付されたときに原因関係上の債権とは分離されたものとなったと認めざるを得ない。被控訴人の「東山に対する本件手形金の支払義務はないとの抗弁」は、「東山が新手形を受領することによって所持すべき原因関係を失った本件手形を順石に返還することなく所持し、これを奇貨として被控訴人に本件手形金の請求をするときは、被控訴人において権利濫用として支払を拒絶できる、という抗弁」を意味するものと善解することができる。そして、前示認定事実によれば、被控訴人は、東山に対し右抗弁事由を有するものと認められる。
2. 控訴人の本件手形譲受時期及びその譲渡人について(同(2))
(一) 控訴人は、原審における本人尋問において、本件手形は昭和六一年末ころ、中上福義に一二〇〇万円を貸した際に交付を受けた、と述べるのであるが、しかし控訴人のいうように期限前一か月の右時期に本件手形を取得しているのであれば、振出人が手形貸付の相手方ではない被控訴人であり、金額も一二〇〇万円という高額であることからすれば、満期には当然本件手形を支払のため呈示しているものとみられるのに、前示のとおり満期から約三年の後に初めて振出人である被控訴人に請求していることに鑑みると、控訴人は期限前に本件手形を取得したのではなく、期限後に取得したものと推認することができる。
右認定に反する原審における控訴人本人の右供述部分及び原審証人藤田繁樹の証言部分は信用できない。
(二) しかしながら、控訴人が東山から本件手形を直接譲受けたことを認めることのできる証拠はない。
ただ、東山の本件手形譲渡の直接の相手方が控訴人ではなく、第三者であっても、東山の譲渡が期限後であるならば、右第三者から更に譲受けた控訴人に対しても、被控訴人は東山に対する抗弁をもって対抗することができるから、被控訴人の抗弁が認められるかどうかは、東山の本件手形の譲渡が、その相手方の如何に拘らず、要するに期限後であるか否かに係るから、この点について判断を加えることとする。
(1) 東山が本件手形を期限後に譲渡したことを認めることのできる直接証拠はない。
(2) そこで、間接証拠について検討するのに、原審証人東山隆紀の証言によると、「東山は、昭和六一年一二月二九日(真実は三〇日であることは前示認定のとおり)、順石の事務所で新手形の交付を受けた際、本件手形を順石の妻に返還した」というのである。しかしながら、東山が三〇日順石の妻に本件手形を返還しておらず、当日順石の事務所に同手形を持参していなかったことも前示認定の事実で明らかであり、恰も同日まで本件手形を所持していたようにいう東山の右証言部分は、以上説示の事実関係に照らし信用することができない。
そうであれば、東山が本件手形をその期限前に他に譲渡できる期間は、本件約束手形を受取った昭和六一年一一月末ころから、手形の拒絶証書作成期間の同年一二月三一日(満期が同月二九日である。)までであって、その間に譲渡した可能性も否定できないところである。ただ、前示のとおり、東山は、昭和六一年一二月三〇日に順石に対し貸金一二〇〇万円の返済を求めているから、少なくともその日までは担保手形である本件手形を所持していたのではないか、との推測の成り立つ余地も無いではないが、他に所持を推測できる間接証拠さえない本件において、貸金返還の請求をしたとの事実のみに基づいて東山の本件手形の所持を推認することは、経験則に反するものといわなければならない。またたとえ、東山が貸金返還の請求をした三〇日に本件手形を所持していたとしても、同日同額面の新手形の交付を受けたという事情も考慮に入れると、同日又は翌三一日に本件手形を他に譲渡した可能性もないわけではなく、これを断定的に否定する合理的根拠はない。
(3) すなわち、東山が本件手形を期限後に他に譲渡したと認めることのできる証拠は、存在しないものといわざるを得ない。
四、以上によれば、東山が本件手形を期限後に譲渡したとは認められないから、手形振出人である被控訴人は東山に対する前示抗弁をもって手形所持人である控訴人に対抗することができないものというべきであり、したがって、被控訴人の本訴における抗弁は失当である。
五、よって、控訴人の本件手形金一二〇〇万円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成元年一〇月一一日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由があるから認容すべく、これを棄却した原判決は不当であるからこれを取り消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 山口茂一 井上郁夫)